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20161224

くりぼっちのブログ

【日常】働き方の話

日常

年明けに同僚といったランチで、働き方の話しがでてきたので、酸素カプセルに入りながら働き方について考えてみました。

 

最近働き方ってよく聞きますが、

そもそも働くってなんなんでしょう。

 

会社目線で考えると、労働者の働きに対して対価、つまりその人にとっての価値を払うことで、雇用関係は成り立っているのだろうと思います。

 

問題なのがその価値で、

今労働者の多くが、時間を意識しているのではないかと感じています。

 

昔はきっと生きるために働いてました。

食べるものをどうにかして確保しなくては!

その一心ですね。

 

それが、食べ物に困らなくなってくると、娯楽が生まれて、それを楽しむためのお金が価値になってきました。結構最近までこの辺ですね。

 

そして今、娯楽の選択肢が増えて価格も下がってきて、物質的満足から精神的満足に移行している今。自分にとっての満足を探すための余暇を人は求めているのだと思います。

 

子供が小さくてどうしても時間がーって方もいると思いますが、若者も含め、働き方、というか楽しみ方を意識しはじめているのではないでしょうか?

 

成熟した社会における価値観の変化の中で行なっていくべきなのは、価値観の均一化ではなく多様化に応えられることだと思います。

 

1日8時間20万もらう働き方も

1日12時間働いて30万もらう選択肢もあると思います。

 

それだけではありません。

仕事に対して価値を見出す労働者も多くいると思います。その人にとっての価値は、楽しい仕事をすることであり、企業が努力すべきは満足する仕事を与えてあげることです。

 

健康を害するほど睡眠時間がとれない。

帰りたいのに必要以上に拘束される。

 

上記は論外ですが、労働時間に関してはそれなりに自由があってもいいと思います。

 

ただし、無秩序と自由は違います。

最低賃金と最低休息時間の整備。

あと、実働8時間と書いて徹夜させる嘘つきへの制裁が必要かと思います。

 

あくまで個人的な意見ですが、少なくとも若者は働き方=自由な時間の確保=人生の楽しみになっているのだと思います。

 

社外にばかり人生の楽しみを求めているのではないでしょうか。これ、なんか勿体無い気もするします。会社での楽しみも、プライベートでの楽しみも知った上で選んだ方が自由じゃないですか?

 

企業は仕事で楽しんでもらう仕事を与えて、労働者は楽しみ方を模索するのも良くないですかね?

 

最近の働き方の議論の中で、仕事を通じて感じる価値が軽視されてるなーと思ったので書いてみました。

 

書き殴りなので特に調べたりしてるわけではないので間違ってたらごめんなさい。

 

一番は、最低限の生活と休息が保証されている中で自分の価値を選べることだと思います。

 

そしてそれを実現する第一歩は下請けいじめをやめること。社会じゃなくで現場の圧力が一番の問題だと思いました(唐突)。

 

 

ー完ー